これまで多くのビジネスマンは、会社に行くことが当たり前でした。そうした概念を一変させ、働くことの大変革をもたらしたのが昨今のコロナ禍です。「テレワーク」「リモートワーク」という働き方が当たり前になり、企業にとっての「オフィス」の意味があらためて問われる新たなフェーズへと移行したように感じます。コロナ禍を経て激変する、「働き方」の潮流はいまどのような途上にあるのか。創業以来230年を迎える、事務用品とオフィス家具の総合メーカー・ライオン事務器の清野宏副社長に、これからの新しい「働き方」を生み出すためのオフィス環境のつくりかたについて聞きました。
230年前、「文房四宝」を使う商いから始まった
今回のインタビューの内容は当初、「経営の合理化」というテーマをいただいていたのですが、私たちはオフィスづくりを「夢を追うためにつくるもの」と考えています。是非その前提でお話をさせていただければと思っています。
株式会社ライオン事務器は今から230年前の1792年、江戸時代に創業した会社です。もともとは筆墨商で、筆や墨、硯(すずり)、紙等を取り扱っていました。
当時、文人が使う書斎を「文房」と言っていたのですが、「文房四宝」といわれた四つの宝が、筆と墨、硯、紙だったんですね。この4つの宝を扱う商いから始まり、200年を超える長い歴史を刻んできました。
当社がこうした長きにわたって事業を続けて来られた要因のひとつに、「ものづくりへのこだわり」が挙げられます。ライオン事務器にしか生み出せない付加価値を、230年の歴史の中で培ってきたことが私たちの強みであるわけです。
若手社員を中心にした「夢工房プロジェクト」
例えば、ふだんの事務業務で当たり前のように使われるゼムクリップ。私たちはそれを見て、当社が作ったものかどうかがひと目で分かります。何の変哲もないゼムクリップですが、一見しただけで違いが分かるのです。
それは、クリップの針金の細かな折り方が微妙に違うからです。当社の製品は、クリップの先が紙に当たって傷がついたり、破れてしまわないよう、先端を余分にひとつ曲げています。他社の多くのクリップが3回転であるのに対して、当社の場合は3回転半ほど曲げます。
この半回転の余分な折りに象徴されるこだわりが、まさに当社が培ってきた強み。ライオン事務器が230年にわたって続いてきた歴史の所以と言えるものなのです。
こうしたこだわりを形にするものとして、当社では若手を中心にした「夢工房プロジェクト」という取り組みを行っています。様々な部署の1年目から3年目の若手社員が中心メンバーとなり、「いま何か不便なことはないか?」「こんなものがあったら便利じゃないか?」と思うことを出し合いながら、新しいものづくりにつなげるプロジェクトです。そこで出てくるアイデアは、すごくユニークで斬新なものが多くあるんです。
若い社員が自由にアイデアを出せる雰囲気がオフィスにある
ひとつ紹介すると、2020年に大ヒットした、「はにわ」の顔をした指サック「はにさっく」です。指サックの機能性のほかに、とぼけた表情の「はにわ」が心を和ませてくれると、今でも大きな人気を博しています。ちょっとした置物としてデスクに並べる人も多く、癒しのキャラクターとしても愛されたわけです。
こうした発想って、なかなか若い人にしか出てこないアイデアで、私たちのような年代の社員や役員からは、「こんなものが売れるのか?」という声が少なくありませんでした。それを、せっかく若手が出したアイデアなんだから、まずはやってみようということで始めたところ、大ヒットにつながったのです。
そうした経験から、社内の環境として、若い社員が自由な発想でアイデアを出せる雰囲気づくりが大事であると痛感したものです。前例にとらわれない発想で、ゼロから1を生む付加価値をつけることで、お客様に喜んでいただけるものづくりにこだわっていく。それが今の若い社員にも脈々と受け継がれていることを嬉しく思います。
時代の変化に対応しつつ、困りごとを解決する商品開発
また最近注目された当社の商品に、「RIDE(ライド)」というオフィスチェアーがあります。ロッキングチェアーのように前後になめらかに揺れる機能があり、体に負担の少ないイスとして開発しました。
日本人はとかく座り過ぎで、健康面を考えるとあまり良くないとされてきました。その点、「RIDE」は揺れることによって体にリラクゼーション効果をもたらすとともに、ふくらはぎに適度な刺激を与えてむくみを低減します。また正しい姿勢を保ちやすくなることで、腰痛の軽減にもつながります。
この商品がなぜ生まれたのかといえば、イスを使っている人の気持ちを汲み取り、「こんなものがあったらいいね」というものをイメージして、それを積極的に商品化していこうという社員の想いがもとになったからでした。
時代の変化に対応しながら、社会の困りごとを解決する商品を開発していく。そこにライオン事務器ならではの付加価値をもたらすことで、お客様や社会に貢献していきたいと考えています。
オフィス環境や「働き方改革」のコンセプトが大きく変化
こうした付加価値を文房具やオフィス環境に提供すべく、当社は長年にわたって日々新たな価値を追求してきました。
そんななか、今日のオフィス環境や働き方は、コロナ禍という未曽有の事態によって本当に大きく変わることになりました。業界の中には、このコロナ禍を「オフィスの産業革命」と称する人もいます。それだけコロナ禍が、これからのオフィスでの働き方に大きな変革をもたらしたわけです。
ただ、「働き方改革」と言われるものは、何もコロナ禍によって始まったわけではなく、政府の方針として数年前から声高に叫ばれていました。生産年齢人口が年々減少し、少子高齢化社会への進展も含めて生産性がどんどん下落する日本の状況を懸念して、2019年に政府が働き方改革法案を施行し、企業における働き方を変えていくための法的整備を行ったのです。
けれども、そこで議論されていた内容は、あくまでも「オフィスで働く」ことを前提とした改革案が主体でした。働き手がオフィスにいるなかで、労働時間をできるだけ短くし、健康的に仕事を進めていける環境をつくるもの。それが、今回のコロナ禍によって状況が大きく変わってしまったわけです。
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■ 清野 宏(せいの・ひろし)
1983年に株式会社富士銀行(現 株式会社みずほ銀行)に入行、2010年に株式会社ライオン事務器取締役に就任。2011年に経営戦略本部長、同年に常務取締役に就任した。その後、経営管理本部長 商品副本部長を経て、2012年に代表取締役常務就任 商品本部長、翌2013年に代表取締役専務就任、そして2016年7月に代表取締役副社長に就任して現在に至る。2021年よりマーケティング本部長も兼任している。
業界団体においても、日本オフィス家具協会理事、ニューオフィス推進協会理事、全日本文具協会理事等、多数の要職を歴任している。